◆はじめに
AI関連技術をグローバルに展開するにあたって、国内での特許取得だけではなく、米国・中国・欧州という主要地域での知財戦略を如何に構築するかが重要です。各地域ごとに制度・審査実務・ライセンス環境が異なるため、それぞれの特徴を理解し、戦略的に対応する必要があります。

1. 米国での戦略ポイント
米国では、United States Patent and Trademark Office(USPTO)によるAI・ソフトウエア関連出願の審査において、35 U.S.C. §101(特許適格性)が重要な論点となります。
特に、“抽象的アイデア”としての拒絶理由(Alice判決に基づく2段階テスト、いわゆるStep 2A, Step 2B)が多く見られます。AIやアルゴリズムを用いた発明は、「単なる数学的手法の実装」や「人間が従来行っていた意思決定をコンピュータで自動化しただけ」とみなされると、抽象的と判断され、特許適格性を否定されるおそれがあります。
したがって、AI関連発明を米国で出願する際には、以下のような点に注意が必要です。
Step 2A(抽象的アイデアかどうか)において、単なるデータ処理や予測モデルではなく、技術的課題の解決手段としてAIを位置づける。
Step 2B(実用的応用の有無)において、AIによる処理結果がハードウェア制御やシステムの最適化などの具体的な応用を有していることを明示する。
AI技術が従来技術に対する技術的改善をもたらすことを、明細書に丁寧に記載する。
これらの観点から、発明全体が単なる情報処理や意思決定にとどまらず、「技術的解決手段」に基づいていることを意識した出願文書の構成が重要となります。
2. 中国での戦略ポイント
中国においては、China National Intellectual Property Administration(CNIPA)を中心にAI関連出願数が非常に多く、数量面でも世界をリードしているとの報告があります。中国では「技術的手段による技術的効果」を明らかにすることが、出願の審査において重要なポイントとされています。また、中国市場での実施・ライセンス戦略を視野に入れるならば、出願から国内実施までの時間や特許権の活用方法/権利化後の運用も視野に入れた設計が必要です。さらに、外資参入・共同開発・ライセンス提供の場面では、国内パートナーを活用した権利帰属や共同出願の検討も戦略的な要素となります。
3. 欧州での戦略ポイント
欧州では、European Patent Office(EPO)を経由しての出願が一般的であり、「技術的キャラクター(technical character)」や「従来技術との差異(inventive step)」がAI関連出願において重視されています。欧州市場で事業化を目指す際には、出願明細書および請求項において、AI処理が単なる数理的演算やデータ処理にとどまらず、装置・システム・制御等の技術的構成と結びついていることを明示することが有効です。また、各国への移行手続き、翻訳・維持費用、地域ごとの実施・ライセンス体制も含めたポートフォリオ戦略が求められます。
4. 戦略的ポートフォリオ設計の勘どころ
・優先出願の選定:米国・中国・欧州いずれを優先すべきか、事業展開・製品投入時期・市場規模・競合状況を踏まえて決定します。
・出願明細書のグローバル対応:各地域の審査基準を意識しつつ、明細書および請求項を構成しておくことで、複数国における出願・維持コストを抑えつつ権利化の可能性を高められます。
・実施・ライセンスを起点とした保護:特許出願と並行して、ライセンス契約、標準化活動、協業パートナーとの連携を図ることで、単なる出願だけではない実施可能な知財戦略を構築できます。
・維持・運用コストへの配慮:複数国で権利を維持するには費用がかかるため、重要国を絞った出願戦略と権利行使・ライセンス収益を見据えた運用が肝要です。
◆まとめ
海外展開を視野に入れたAI関連特許戦略では、米国・中国・欧州それぞれの制度・審査実務・市場環境を理解することが不可欠です。技術立証・ライセンス展開・継続的運用を含めた「取得+活用+運用」の流れをグローバルに設計することで、AI技術の価値最大化につなげましょう。