◆はじめに
近年の生成AI(Generative AI)技術の発展に伴い、テキスト、画像、音声などを自動生成する技術に関する特許出願が急増しています。また、ChatGPTのような学習済み大規模モデル(LLM)を活用したシステム開発も一般化していますが、これらの技術に関する出願では、従来とは異なる留意点が存在します。
1. 生成AIの“仕組み”と“活用方法”の違いを明確に
生成AIに関する出願では、対象が“生成AIそのもの”か、“生成AIの応用”かで記載すべき内容が異なります。
– 生成AIそのものを保護したい場合:モデル構造、トレーニング方法、損失関数、生成手順などを技術的に詳述する必要があります。
– 応用に関する場合:生成AIをどのように利用して問題を解決しているのか、その構成と効果を明確に記載することが求められます。
2. 学習済みモデルの利用時に必要な開示
外部で提供されている学習済みモデルを利用するケースでは、「そのモデルがどのように機能しているのか」「どのようなインターフェースを通じて呼び出しているのか」、さらに「どのような前処理・後処理を行っているのか」など、具体的な構成を出願書類に落とし込む必要があります。
“外部のAIを使っています”というだけでは、出願内容としては不十分となる可能性があります。
3. モデルのトレーニングデータに関する留意点
AIの性質上、モデルの特性や出力結果は、学習に用いたデータセットに大きく依存します。そのため、
– 学習データの種類や傾向
– 学習時の前処理やフィルタリング処理
– ラベル付けの基準や方法
などを説明することで、AIの動作に技術的裏付けがあることを示すことができます。
4. ブラックボックス的記載のリスク
生成AIやLLMを活用した技術は、“内部構造が分からないがとにかく便利”という利用方法が一般化していますが、特許出願ではそのようなブラックボックス的な記載は原則認められません。技術的裏付けがないと、特許要件(記載要件・進歩性・産業上の利用可能性等)を満たさない可能性が高くなります。
(1) ブラックボックス的記載とは
ブラックボックス的記載とは、AIモデルの動作原理や処理内容に関する説明が不十分で、単に「AIによって何かが行われる」という結果のみを記載するようなスタイルを指します。例えば、「学習済みAIモデルを用いて異常を検知する」などといった記載において、入力データの性質、前処理内容、AIの推論の具体的フローなどが不明な場合、それはブラックボックス的とみなされます。
(2) なぜ日本特許法上リスクとなるのか
日本特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)および第36条第6項第2号(サポート要件)に基づき、発明の詳細な説明は、発明を実施するために必要な事項を明確に記載することが求められます。ブラックボックス的な記載では、以下の観点で問題となり得ます:
– 技術的課題の解決手段が明示されていない
– 「何をどのようにして」効果が得られるかが不明確
– 発明の技術的思想が読み取れないため、審査官により不備を指摘される可能性が高い
(3) 拒絶理由の典型例
以下のような記載が、日本特許庁によって拒絶理由とされる場合があります:
– 「AIが自動的に分類することにより効率化される」とのみ記載し、分類基準や処理構成が不明
– 「学習済みモデルを用いて予測を行う」とあるが、予測対象、アルゴリズムの特徴、出力の利用方法が一切記載されていない
(4) 記載充実のための工夫
以下のような内容を具体的に記載することで、ブラックボックス的記載を避けることが推奨されます:
– 使用するAIの学習データの種類と前処理方法
– モデルへの入力情報とその取得手段(センサ、ログデータなど)
– モデルから得られる出力の形式とその利用方法
– モデルの動作に対する制御条件(閾値、重みづけなど)
また、AIモデルが外部提供のものであっても、API構成や応答パターンを明記することで、構成要件を満たすことが可能です。
5. 出力結果と技術的効果の関係性
生成AIを用いて得られた出力が、システム全体にどのような影響を及ぼすのかを明示しましょう。
例:
– 自動生成された説明文をUIに表示し、ユーザ操作を簡素化して業務時間を30%短縮
– 生成画像をリアルタイムでフィードバック制御に用いることで、対象物の認識精度が20%向上
このように、生成結果が実用的にどのように活用され、その結果としてどのような技術的利点があるかを具体的に記述することが重要です。
◆まとめ
生成AIや学習済みモデルの活用は、今後の産業競争力に大きく関わる要素ですが、特許出願においてはその構成・作用・効果を技術的に明確に示すことが必要不可欠です。“AIを使って便利にした”という感覚的な説明ではなく、“このように構成し、このような効果が得られる”という実体に基づいた記載が求められます。